【西郷どん】 第34話(9月9日放送)は西郷が正義の味方すぎかも。

西郷隆盛
西郷隆盛

「西郷どん」は34話、「ええじゃないか」や「大政奉還」まで来て、いよいよ明治維新の核心に迫ってきました。
それにしても徳川慶喜があまりにも悪者に描かれているなぁと感じるのです。
確かにドラマは ”正義×悪” をはっきりさせるほうがわかりやすいですが。

日本史上最後の将軍となった慶喜は内乱を避けるため「大政奉還」を行い、 岩倉具視が画策した「王政復古の大号令」によって強引に新政府が樹立され...

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第二次長州征討へ至るも会津藩が出てこない

歴史に関する本を色々見ていると、第二次長州征討へ至るには会津藩の登場は欠かせないと思っていたのですが。

京都守護職 を仰せつかり、断りきれずに京の都へ出張った会津藩は、朝廷をしっかりお守りすべく御所の近くに本陣を置き、一ツ橋慶喜(徳川慶喜)と協調していたのです。

会津藩おかかえの新選組は、幕府に任命されたいわゆる警察隊です。
西郷どん27話の時の ”池田屋事件” でちょこっと出てきました。

また、兵庫開港の話もサラっと流しましたが、これによって諸藩の慶喜への反発がますます強くなり、西郷も倒幕に傾倒してゆくのですが、反発する諸藩の過激派による慶喜暗殺の可能性もあり、慶喜は幕府と我が身の警護を強化するために会津藩に一層依存するようになります。

ここでも会津藩の存在は無視できません。
やがて引き起こされる戊辰戦争で、なぜ会津が完膚なきまでに叩きのめされたのかといえば、この頃の薩長×会津の確執が一つの要因だと言えます。

9月9日の第34回放送で、西郷どんはいよいよ武力倒幕の意思を固め、次回は倒幕の鬼へと化してゆくとのことですが、そこには慶喜に敵対する思いもさることながら薩摩・長州・会津の確執が少なからず絡んでいるはずですがその伏線はあまり描かれません。

孝明天皇の死を嘆く岩倉具視の疑惑

とうとう慶喜が将軍になったわずか20日後、孝明天皇が崩御します。
享年36歳。

わずか36歳で早世した孝明天皇の暗殺説は未だに否定されていません。

第34話の西郷どんでは、笑福亭鶴瓶さん扮する岩倉具視が、孝明帝が崩御したと知って自刃しそうなほどに嘆き悲しんでいました。

下級公家の家に生まれた岩倉具視は、その才覚で孝明帝の側近にまでなりますが、尊王攘夷運動が高まる中、あらぬ疑いをかけられ僧の姿となって身を隠す時期がありました。
この時に西郷、大久保など雄藩の志士たちと懇意になります。

ドラマでは孝明帝の死を嘆いていた岩倉ですが、孝明帝暗殺にかかわっているという説もあります。

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大政奉還は坂本龍馬が仕組んだ奇策だった?

坂本龍馬が土佐藩の山内容堂のところへ出向き、後藤象二郎を通じて山内容堂が大政奉還の影の立役者になるよう仕向けた?と思われるシーンがありましたが、これはこの時に坂本龍馬が後藤象二郎にあの「船中八策」を示したということなのでしょう。

ここは後藤象二郎の重要な活躍ぶりをもう少し描いてほしかった、ナレーションだけでも良いので、と感じました。

慶喜が、会津藩主松平容保に、会津に帰らないでここ(京都)にいてオレと幕府を守ってくれ、と説得していた頃、後藤象二郎は大政奉還の建白書を幕府に提出することで藩内をまとめ、薩摩の西郷、大久保や長州の桂小五郎を説得していました。

最初は薩摩も長州も反対していましたが、合意を取り付け、幕府に建白書を提出します。

でも慶喜はそのかなり前から大政奉還を決意していたと思われる、というのが近年の見方です。

慶喜は、幕府の弱体化、世情不安、幕府への武力攻撃の予兆などをかなり正確に把握し、大規模な内乱が起こることを一番に心配していて、大政奉還をいよいよ真剣に考えていたのです。

そこへ土佐藩から正式に大政奉還の建白書が提出され、最終的に決断したのです。

慶喜は建白書を受理したものの内容をほぼ自分の方策に書き換え、朝廷に提出した際には強く勅許を求めました。

薩長は後藤象二郎の根回しで大政奉還を一応は了承し、様子見となりましたが、大政奉還に激しく反発したのは他ならぬ会津藩でした。

会津藩は、藩主松平容保は、天皇と徳川のために命がけで働いてきたのです。
徳川が崩壊するようなことを、誰の企てで、誰の口車に乗ったのか、誰が慶喜をたぶらかしたのかと怒り心頭です。
慶喜が自ら決断したのならばなおショック、慶喜を許せないと思ったでしょう。
慶喜と会津の関係が硬直し、この辺の会津の実直さ?が後々会津を窮地に追い込むことになります。

徳川慶喜はヒールなの?

このドラマは「西郷どん」であり、「徳川慶喜」ではないので、薩摩藩、それも西郷隆盛が主役で正義の味方のように描かれるのが当然なのでしょうけれど、徳川慶喜があまりにも独裁で意地悪に描かれすぎじゃないでしょうか?

今回(第34回)はどうしてもそこが気になってしまいました。

確かに徳川慶喜という人は変人とかとらえどころがないとか、よくわからないと言われる人物なのですが。

非常に頭が良く社交的で、世界を見て日本を考えることが出来る人だったという見解は一致しているようですが、突然何かを決断するので、その真意を測りかねる人、みたいですね。

西郷どんでも「ひーさま」はよく遊ぶ人で、絵が上手でしたが、大政奉還のあたりでは積極的に洋装をして写真に撮られたりしていました。
自身も写真を撮ることが好きで、力作がたくさん残っているようです。

最後の将軍となって、もはや風前の灯火の幕府をどうしたもんかと、彼は相当深く悩んだと思うのです。

西郷どんとは袂を分かち、敵対する関係として描かれますが、実際のところお互いにその能力の高さを認めるからこその対立であり、本当は一致団結して日本を守りたいと思っているのではないでしょうか。

次回第35回「戦の鬼」。

坂本龍馬暗殺と西郷どんの「われらに向かって弓引くものは容赦なく成敗すっとじゃ!」。

楽しみにしましょう。

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