元号は不要?なぜ元号を使うの?新元号発表4月1日の前に天皇と皇太子さまにも。

新元号発表は4月1日
新元号発表は4月1日

2019年、平成もあとわずか、4月30日の今上天皇陛下のご譲位により5月1日から新しい元号に変わります。
政府は新元号の発表を4月1日にすると決め、直前には天皇陛下と皇太子さまにご報告するとのことです。
新元号の発表が遅過ぎる!!とおっしゃる方もあります。
むしろ新天皇即位前の発表が異例なのですが、改元で忙しい思いをされる方は本当にお気の毒です。

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いつの時代も元号不要論は一定数あるけれど、本当に不要?

日本で最初の元号は645年「大化の改新」の「大化」で、中国の歴史書などを参考にしたようです。
以降「平成」になるまでに231個もの元号が使われています。

天皇は今上天皇が125代目ですので、「改元」は天皇が変わるタイミングではなかったことがわかります。


明治維新で「一世一元」となり、天皇が代わる時に改元することになりました。

元号はメンドクサイし使わないから廃止して西暦にしたほうが良いとおっしゃる方はけっこういらっしゃいますね。

そんなに言うんなら、ってことで政府が元号をなくしたらどうか、というアンケートを取ったら、猛反対の意見が多かったらしいですよ。

西暦採用の要望が多かった免許証の日付は、生年月日はそのままで、有効期限だけは西暦と併記することになったそうです。

元号廃止というのはどうも極端なご意見と思いますが、なんで要らないのかと聞くと、

計算がメンドクサイ、世界のスタンダードの西暦に統一すべき、切り替えが大変、外国人にわかりにくい。

公的書類は元号をやめてくれ、昔からの風習に固執する必要はない。

歴史とか伝統とかでなく、グローバル化が大事。

などなどとおっしゃる。

ま~
元号なんて要らない派の方たちの主張は、あまりといえばあまりな言い方です。

気持ちはわからないでもないですが、じゃあ元号があるおかげでどうにもこうにもデメリットを被った、という方はいらっしゃいますでしょうか?

グローバル化、グローバル化と言いますが、グローバル化って何ですか?
日本独自のものを簡単に捨てて、西洋かぶれになることがグローバル化ですか?

歴史とか伝統なんて関係ない、という考え方に至っては理解が出来ません。

そもそも世界中の「国」の民は、その国が建国されるに至った歴史や伝統を大切に思い、その国の国民たることに誇りをもって生きているのではないでしょうか?

歴史、伝統、文化なんてくそくらえ! と思っている人が、日本人としてグローバルな世界で生きてゆくことは出来ないと思います。

そして、そう言いながら「日本書紀」を根拠に決められた祝日祭日休んだりもするんですよね?
皆さんが休みだ!嬉しいとか書き入れ時だ!とか言っているその祝日や祭日は、ほとんどが皇室の宮中祭祀や神事です。
日本の歴史と無関係に暮らしている国民はいないんです。

多少メンドウなのは認めますが、「元号」問題は、要るとか要らないとかの簡単なことではなく、日本がどうあるべきかを考える、結構大きな問題だと思います。

建国記念日と建国記念の日、正しいのはどっち? 2019年、日本は2679歳。でも書きましたが、日本の起源、建国の歴史に思いを馳せれば、「元号」にも少しは愛着が湧く、というか、もっと深く悩んじゃうのではないでしょうか。

確かに今の時代は西暦でないと困ることや、改元の度に大変な思いをすることがあり、それは今後ますます深刻になると思いますし。

でも私は「天皇を元首とする日本」や「元号」は、日本が日本であるための大前提なんだと思います。

「日本」という国の「国体」(国家の成り立ちに従った国柄。国民体育大会ではありません)は、初代天皇である神武天皇以来、天皇を元首とする国家です。

(元首と言ったって、日本の天皇は民のためにあるのであって、西洋のように民を力で支配する暴君とは違います。)

これ、別に「右」だとか「保守」だとかの話ではないですよ。
実際にそうだからそうなんだと言っているだけのことです。

紀元前660年に神武天皇が日本を興した時から 日本のオリジナルな暦「皇紀」が始まり、今年、平成31年、西暦2019年は皇紀2679年です。


世界で唯一、2679年もの長きにわたり日本は1つの国として存続しています。

現存する世界最古の国家です。

エジプトのツタンカーメンとか中国4000年の歴史とか言ったって、王朝は滅んでいます。
中国だって、今の「中華人民共和国」は建国式典が1949年10月1日ですから、たったの70年です。

「元号」の最初は中国で、用いられたのは紀元前140年、前漢の時代ですが、中華人民共和国となってからは使われていません。

中国の影響を受けた朝鮮半島やベトナムにも「元号」がありましたが、今は使われていません。

現在、「元号」が使われているのは日本だけです。

「元号」は要らないとする人たちの中には、元号賛成論者に対して

  • 元号廃止は歴史・伝統の断絶と文化の荒廃をもたらすという。
    それでは、元号を廃止した中国・ベトナム・韓国では歴史・伝統が断絶し文化が荒廃したのか。
  • 歴史的に天皇は国民統合の核であり、天皇なくして日本の統合はできないとするが、国民を統合して何をするのか。戦前のように戦争をするための国民統合ならご免被りたい。
  • 天皇が日本文化の中核にあるというのは誇大妄想である。
    日本の文化は和洋折衷の雑種文化(加藤周一)であり、天皇文化よりはるかに広くて奥が深い。

などなどのご意見があるらしいですが、いやいや、日本の「正史」である「古事記」「日本書紀」を読めば日本の中核が天皇であることは明白で、だからこそ2600年以上も続いた世界最古の独立国家であると思います。

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日本は「元号」とともに生きて来ました

初の元号「大化」からしばらくは「元号」を使うことがほとんどなかったらしいです。
文武天皇5年(701年)の時に「大宝」となってから徐々に使われ始め、室町時代(1336年~1573年)には主に武家の間で使われていたとか。

安土桃山時代(1573年~1603年)、織田信長の頃になると、政権の開始を象徴するのが元号となります。

ところが家康が征夷大将軍となり、江戸に幕府を開いて江戸時代が始まりますが、この時は改元されていません。

江戸幕府となって最初の改元は後水尾天皇即位時、慶長→元和(げんな)になりました。

江戸時代には災害の発生、疫病の流行などで改元されることも多く、新天皇即位では必ずしも改元されていないところをみると、災いを断ち切り新しい世にするためという意味合いが強かったのでしょうね。
江戸時代にはなんと35回、36個の元号が使われました。

明治になって「一世一元」となると、日付を追うためのいわゆるカレンダーは世界標準の「西暦」が採用されますが、人々の暮らしに根ざしていたのは元号による「和暦」と干支、二十四節季でした。

人々の暮らしは季節の移ろいとともにあり、事務的な手続きは西暦より和暦が優先されてきたのです。

第二次世界大戦終戦直後、GHQによる統治下では天皇制こそ維持されましたが、「日本の国体」や「日本人の誇り」はことごとく打ち砕かれました。

「敗戦国日本」は戦争をした悪い国。悪いのは日本人だと刷り込まれてきたのです。

GHQの教科書検閲基準はそれはそれは恐ろしいもので、次の5点を徹底的に排除させました。

1.天皇に関する用語(現御神、現人神、上御一人、天津日嗣、大君など)
2.国家的拡張に関する用語(八紘一宇、皇国の道、肇国の精神、天業恢弘など)
3.愛国心につながる用語(国体、国家、国民的、わが国など)
4.日本国の神話の起源や、楠木正成のような英雄および道義的人物としての皇族
5.神道や祭祀、神社に関する言及、等々
(高橋 史 朗『 検証・戦後 教育』 モラロジー 研究所)

竹田 恒泰. 日本人の原点がわかる「国体」の授業 PHP文庫(株式会社PHP研究所)より

元号も一時的にその法的根拠も必要性も剥奪されましたが、日本人は元号を捨てることは出来ず、官民を問わず「昭和」は使われ続けました。

元号が平成に変わって30年余、もう少しで新しい元号の時代になりますが、しかしたった30年前まで昭和だったのです。

日本の学校はGHQの方針で「教育」がなされ、その「教育」を受けた私たち、そして今の人たちも変わらずその「教育」を受けているというこの恐るべき事実。

日本の「国体」「国家」「神話や起源」「道義的人物としての皇族」「神道」「祭祀」などなど、皇紀2679年、歴代の天皇125代という世界最古の歴史を持つわが国が大切にしてきたなにもかもを、学校教育で教わることなく現在に至るのです。

それでも捨てきれず廃止する明確な理由を見つけることも出来ずに現在にまで至る「元号」を、なぜ今簡単に無くすことが出来るでしょうか。

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元号が無関係な人はいません

「元号法」という法律があります。

元号法(公法、昭和54年法律43号)

第1項:元号は、政令で定める。
第2項:元号は、皇位の継承があった場合に限り改める。

附則

第1項:この法律は、公布の日から施行する。
第2項:昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

以上、31文字というとても短い法律です。
「昭和」という元号から適用されたのですね。

元号は法律で規定されていて(西暦を規定する法律はありません)、法的根拠のあるものですが、この法律で(その他の法律でも)元号を使わなければならない、とされているものはありません。


公文書などにも元号の使用を規定するものはない
のです。

でも、何かにつけて元号はついてまわりますよね?

郵便切手や年賀状も元号が入っています。
記念切手などは西暦だけのものもありますけど。

役所関係の書類、銀行の書類、病院の書類、会社の人事や福利厚生、契約関係、あらゆるところに元号表記や元号の記入欄があります。

だからこそ面倒だとか、わかりにくいから元号はいらないと感じることも多いのですが、そう簡単にはなくなりませんね、きっと。

西暦は通算で年数の経過がわかるし、世界共通だし、という意見はわかりますが、それがシンプルで良いから元号はいらない、ということにはならないと思います。

面倒でも良いじゃないですか。
外国人がわかりにくいから、なんて、元号をなくすためのヘタな言い訳にしか聞こえません。
外国人も日本で暮らすなら日本の元号に慣れれば良いし、慣れるはずです。

その国固有のものを外国人のことを考えて無くすとか、変更するとか、意味わかりません。

温泉マーク

温泉マーク

そういえば、温泉マークって変えたんでしょうか?

元号が無くなったら不便ですよ~。

だって、日本は今まで元号で時間の経過を見て来たんですよ。

昭和の時代は戦争があった、高度経済成長期に頑張ったから先進国になった、バブルの頃はジュリアナで踊ってた、って、言うでしょ。

中森明菜がデビューしたのは1982年だね って言われて、1982年がどんな時代だったかを思い出すより、昭和57年だよ、と言われたほうが ああ、あの頃ねと思うのではないでしょうか?

昭和っぽい人、昭和っぽい歌、とか言いません?

平成が始まった頃はポケベルだったのに、今はスマホだもんね、って思いません?

明治は江戸幕府が倒れ明治維新によって日本が近代化した時代、
大正は民主主義の始まる大正デモクラシーの時代、
昭和は戦後の混乱を乗り越えて躍進した時代、
など、「元号」は人為的な時間の区切りではあってもその時代時代の「色」を見事に表すことになります。

これが西暦だけだったらきっとこうはいきません。

いつの、どんな時代が何年から何年だったかを記憶するのは相当難儀なことではないでしょうか。

平成はバブル崩壊と不況・ITの進歩、天災が多くあった時代でもありますが、「平成」がどんな時代だったのか、それはもう少し時間が経過しないとわからないことかもしれません。

しかしきっと、何十年かのちに、今のわたしたちと同じように「平成」ってこんな時代だったねと思い、

5月から始まる新しい元号も、過ぎた後には「こんな時代だったね」と人々は振り返ることでしょう。

4月1日には新元号が発表ますね。

ワクワク!

政府は五月一日の新天皇即位に伴って改める新元号を四月一日に閣議決定し、事前公表する方針を固めた。(東京新聞1月3日)

でも、10連休は迷惑ですねぇ。

2019年ゴールデンウィークは10連休に決定!それ、困るんですけど。でも書きましたが、10日も連休ってのはちっともワクワクしないです。

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