建国記念日、建国記念の日、どちらが正しい?初代天皇即位から建国2679年

皇紀2679年、建国記念の日
皇紀2679年、建国記念の日

2月11日は「建国記念の日」、日本が建国した日、日本国のお誕生日です。
でも、「建国記念日」じゃないのはなぜなんでしょう?
日本国が出来た日という最もおめでたい日なのにたった1日のお休みで、国の式典もないってなぜなんでしょうか?

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「建国記念の日」って、どういう意味?

紀元前660年1月1日、橿原市(かしはらし)の橿原神宮で、初代天皇・神武天皇が即位されました。
この日が日本の「建国の日」です。

初代天皇・神武天皇

初代天皇・神武天皇

日本最古の、”国が編纂した” 歴史書、「古事記」「日本書紀」に書かれています。

即位の具体的な日付が書かれているのは「日本書紀」ですが、日本国の成り立ちが二つの ”正式な歴史書” に書かれているのです。

奈良 橿原神宮

奈良 橿原神宮

橿原神宮 参道

橿原神宮 参道

1873年(明治6年)、旧暦を新暦に換算し、2月11日を建国の日として「紀元節」という祝日に定め、以来国を挙げてお祝いをしていましたが、第二次世界大戦後、GHQにより廃止されてしまいました。

GHQは日本人が日本を誇りに思うようなことをすべて廃止、禁止したのです。

けれどマッカーサーは、昭和天皇がすべては自分の責任、自分はどうなっても良いから国民を助けてほしいと言うのを聞き、天皇制まで失くしたら全国民が反乱を起こすと悟り、天皇制までは廃止できませんでした。

マッカーサーは国王が国民をかばう国は初めてだ、と驚き、日本の天皇は真の国王だと、いたく感銘を受けたそうです。

画像拝借:Wikipedia

画像拝借:Wikipedia

1940年(昭和15年)11月11日紀元2600年記念式典会場

1965年(昭和40年)、建国の日は復活しますが「紀元節」ではなく「建国記念の日」となり、国家としての式典は復活しませんでした。

この時、「建国記念日」か、「建国記念の日」か、で論争が起きましたが当時の社会党が「神武天皇即位は神話で事実とは証明できない」というつまらない理由で「建国記念日」に反対し、「建国記念日」となったそうです。

つまり、「建国した日」ではなく、「建国したことを記念する日」というような意味合いにしておきたい、ということでしょうね。

しかし、確かに「古事記」「日本書紀」の冒頭は神話ですが、正式な日本国の歴史書であり、建国の書です。
「正史」とする、ということは、事実かどうかにかかわらずこれを真実とみなす、ということです。

事実と真実は違います。

「みなす」とは、「それとして扱う」ということで、神話だから事実ではないと言ったところで覆らないわけです。

だから、神武天皇も実在したし、神武天皇が初代天皇であり、即位した日が日本国の建国が始まった日、とするのは真実とする。ということです。

神武天皇が即位した日から数えて今年(2019年)で2679年、これが日本の「皇紀」というカレンダーです。

西暦は、キリスト教で救世主キリストとみなされるイエス・キリストが生まれたとされる年の翌年を元年(紀元)としたカレンダーで、言ってみれば日本とは何の関係もないのですが世界共通の暦として活用しているだけです。

キリストだってマリア様が処女懐胎し一人で産んだ、人間ならそんなわけないけど「神」だから。
それが真実だとされているんです。

お父さんとお母さんの間に生まれた、とあっちゃあ、「神」ではなくなります。
オーマイゴッド!
キリスト教も「聖書」は真実だとしているんですよね。

だいたい、それよりもっと前、2679年も前から続いている国は世界広しといえども日本だけなんですから。
そんな大昔のことを科学的に証明するって、かなり難しいことです。

でも、日本には1300年前に天皇の命によって編纂された「古事記」「日本書紀」が存在しているんです。

神々が成って(人間じゃないから ”生まれた” のではない)、天照大神の孫の孫である神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)が初代天皇に即位し、九州からどんどん東に向かって国を治め、第八代孝元天皇の頃に全国を平定し終わるまでの、”日本国はこうして出来た” という成り立ちを記した「正史」です。

日本のカレンダー「皇紀」の始まりが神武天皇が即位した日であるなら、「建国記念日」のほうが良いと思うのですけどね。

「紀元節」に戻そうという声も少なくないとか。

どちらにしてもナショナルデイですよ、せめて国として建国を祝う式典くらい行わないとちょっと恥ずかしくないかなぁ。

国ではなく、各地の自治体や民間団体で主催する式典やイベントはあるのですから。

建国記念の日奉祝パレード(東京原宿・表参道)

建国記念の日奉祝パレード(東京原宿・表参道)

アメリカの独立記念日は7月4日ですが、1週間も全米が祝日モードで大騒ぎしていますよね。
中国(中華人民共和国)の国慶節も、たったの70年足らずなのに天安門広場で派手にお祝いしています。

日本は、GHQ占領下にあって敗戦国日本としての罪を刷り込まれ、自国を愛せない教育を浸み込ませられたのです。
もうそろそろ日本人が日本のことを正しく知り、歴史を、教育をきちんと見直さなければいけないのではないでしょうか。

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なぜ2000年以上も「日本」が続いてきたのか?

それは「建国の理念」が脈々と受け継がれてきたから。

神武天皇が橿原神宮で即位した時に記された「八紘為宇」(はっこういちう)
「六合(くにのうち)を兼ねてもって都を開き、八紘(あめのした)をおおいて宇(いえ)と為(せ)んこと、またよからず」。

世界中をひとつの家のようにしようという意味ですが、第2次世界大戦中は日本の中国,東南アジアへの侵略を正当化するためのスローガンとして使われたため、いまだに誤解して非難する人が多くいます。

「君民一体」「和」こそが日本の建国精神であり、「八紘為宇」(はっこういちう)の大御心(おおみごころ)もまたそこにあると思います。

天皇家は初代から、国民を愛し、国民を大切にし、国民の幸せを祈るのが天皇であるとし、天皇とは権利ではなく義務であるとしてきました。

神武天皇陵

神武天皇陵

第十六代・仁徳天皇「天が君主を立てたのは民のためである」とおっしゃいました(「日本書紀」)。

日本国民はそうした天皇とともにあり、国民もまた天皇を支えたから、だから2000年以上も長く、長く一つの国家として続いてきたということです。

確かに。
被災地に赴く天皇・皇后両陛下に対し、それまで皇室に関心のなかった人でも涙を流して感謝することはあっても、「こんな大変な時に何しに来た」という人はいません。

好むと好まざるにかかわらず、日本の行事、祝祭日のほとんどが「古事記」「日本書紀」を根拠にしていますし。

マッカーサーが「天皇をなくしたら大変なことになる」と日本を恐れたのは、「君民一体」「和」の国の真実を理解したからでしょう。

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日本って、いい国だなぁ。

最近、トシのせいもあるのかもしれませんが、日本に生まれて良かったと本当に思います。

ご近所付き合いのめっきり減った現代ですが、何かあれば声をかけあったり助け合ったりします。

実家は母が独り暮らしをしていますが、ご近所の方みなさんが何かと目を配ってくれて、離れたところに住む私は本当に助かっています。

日本という国境や日本に生まれたことが日本人を形成しているのではない。建国以来2600年余の間に培われた歴史、祖先こそが日本人を形成している。
とは、まさにそうだなぁと思うのです。

外国人観光客が増えるのも、外国人労働者を増やすのも、時代の流れ、世界の流れかもしれませんが、日本人が日本の成り立ちを知り、遠いご先祖様から繋がってきた日本らしさをおろそかにせずに外国の方々を迎えるのが諸外国に対しても礼儀なのではないかと思います。

ダメなものはダメ、受け入れられないものは受け入れられないと、はっきりと言うことも大事。

日本が永遠に日本でありますように、日本人が日本の「国体」を守ってゆかねばなりません。

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「紀元節の歌」があったなんて!

ご存知でしたか? 「紀元節の歌」。

昔は誰もが口ずさむことができたそうです。

私は知りませんでした!
聞いてみるととても柔らかで優しく美しい日本語、覚えやすいメロディです。
静かにシンプルに歌うほうが良いな、と思います。

れっきとした文部省唱歌なのに、これもGHQに禁止されたのですね・・・。

紀元節
1893年(明治26年)
作詞 高崎正風 作曲 伊沢修二

雲に聳(そび)ゆる 高千穂の
高根おろしに草も木も
靡き(なびき)伏しけん 大御世(おおみよ)を
仰ぐ今日こそ 楽しけれ

海原為せる(なせる) 埴安(はにやす)の
池の面(おも)より 猶広き
恵の波に 浴(あ)みし世を
仰ぐ今日こそ 楽しけれ

天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)の 高御倉(たかみくら)
千代万代(ちよよろずよ)に 動きなき
もとい定めし その神を
仰ぐ今日こそ 楽しけれ

空に輝く 日の本(ひのもと)の
万(よろず)の国に 類(たぐい)なき
国の御柱(みはしら) たてし世を
仰ぐ今日こそ 楽しけれ

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