春分の日、秋分の日とは?なぜ祝日?本当の意味とお彼岸との関係

平成31年(皇紀2679年、西暦2019年)3月21日。平成最後の春分の日です。
今年の秋分の日9月23日は新しい元号になっていますね。
「春分の日」「秋分の日」は元々は「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」という祭日でした。
お彼岸のお中日、季節の変わり目、昼と夜の長さが同じになる日。
この日がなぜ祝日になっているのでしょうか。

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太陽が真東から昇り真西に沈む日、大切な宮中祭祀が行われる日

地球は、約365日と6時間かけて太陽の周りを1周します。

地球から見れば太陽が動いているように見えて、太陽が『春分点』を通過する日が「春分の日」、『秋分点』を通過する日が「秋分の日」というわけで、昼と夜の長さがほぼ同じになります。

カレンダーは1年365日ですが、実は6時間ずつズレているので『うるう年』で調整するのですが、このズレがあることと地球の運行状態が常に変化するために「春分の日」「秋分の日」は固定でなく変化するのだそうです。

壮大な宇宙と地球、なぜ昼と夜の長さが同じになるのか、昔はわかりませんでしたが、宮中では大昔から 太陽が真東から昇り真西に沈むこの日は神聖な日であり、大自然に感謝し、神を祀り祈る日でした。

天皇は古代から神を祀り祈る存在です。
この日はご先祖様も降りてきて一緒に太陽や大自然に感謝してくれると考えました。

それがのちに仏教の「彼岸会」と合わさり、ご先祖様の供養もする日となりました。

太陽が真西に沈む。
真西の彼方には極楽浄土があります。

極楽浄土は西の彼方に

極楽浄土は西の彼方に

「彼岸会」は、西方極楽浄土信仰と結びついた日本だけの、独自の行事です。

明治11年(1878年)、大切な宮中祭祀のこの日を「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」という祭日とし、国民の休日としました。

もともとは「祭日」であったものが、現在は祝日法によって「祝日」とされ、

「春季皇霊祭」⇒「春分の日」

「秋季皇霊祭」⇒「秋分の日」

となっています。

しかし今もなお、天皇皇后両陛下は宮中の祭祀を大切に受け継がれ、国民のために祈り続けていらっしゃいます。

宮中では春と秋のこの日、「皇霊殿」においてすべての皇室にかかわるご先祖様をお祀りし「皇霊祭」を行います。

また、国中の神々が祀られる「神殿」においては「神殿祭」を行います。

天皇陛下の「祈り」はすべて、ご自身や皇族のためではなく国民の幸せのための祈りです。
「皇霊祭」「神殿祭」では、皇室の御霊とすべての神々とを祀り感謝と祈りを捧げるのです。

写真は平成21年3月、春季皇霊祭の儀、春季神殿祭の儀(宮内庁ホームページより)。

天皇陛下

天皇陛下

皇后陛下

皇后陛下

もちろん皇族方も参列なさいます。

安倍首相も。

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「祭日」が「祝日」になって意味まで変わった?

戦前までは「祝日」と「祭日」があって、きちんと分けられていたそうです。

「祝日」はお祝いの日だからお休み、「祭日」はお祀り(お祭り)をする日だからお休みだったのです。

日本の祝日に関する法律「祝日法」は昭和23年7月20日に施行されました。
「祝祭日法」ではなく、「祝日法」です。

これによって「祭日」は1つもなくなり、すべて「祝日」となりました。
その名称も、その意味までもが変わりました。

四方拝・歳旦祭 → 元日
元服 → 成人の日
紀元節 → 建国記念の日
春季皇霊祭 → 春分の日
秋季皇霊祭 → 秋分の日
新嘗祭 → 勤労感謝の日

「祭日」として何を、何のためにお祀りするかという部分はごっそり削られ、ただ「お祝い」する日になっちゃったんですね。

名称からもその日がなぜ祝日で休日なのかという意味は汲み取れなくなりました。

「元日」、「成人の日」あたりはまぁ、これで良いかなと思いますが、「紀元節」はせめて「建国記念日」(”の”はいらない)ではないかと思うし、「春分の日」「秋分の日」「勤労感謝の日」にいたってはさっぱり意味がわかりませんね。

「建国記念の日」については2月11日建国記念日は日本の国が始まった日じゃないの?
建国記念日、建国記念の日、どちらが正しい?初代天皇即位から建国2679年 もどうぞ。

春分の日  自然をたたえ、生物をいつくしむ。
秋分の日  秋分日 祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ。
勤労感謝の日  勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。

は?
何言ってんの? って感じです。

「春分の日」「秋分の日」の定義は本来の意味に近いとしてもニュアンスはかなり違いますよね。
春には祖先をうやまわないのか? 秋には自然をたたえないのか? とツッコミたくもなります。

「勤労感謝の日」はもともと「新嘗祭(にいなめさい)」ですよ。

天皇陛下が,神嘉殿において新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上がりになる祭典。宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。天皇陛下自らご栽培になった新穀もお供えになる。
宮内庁ホームページより http://www.kunaicho.go.jp/about/gokomu/kyuchu/saishi/saishi01.html

最も重要な宮中祭祀であり、新天皇ご即位後、初めての新嘗祭は「大嘗祭」として1世1回限りの最・最重要宮中祭祀として大規模に行われます。

ですので今年の新嘗祭は、新天皇陛下ご即位後初めての新嘗祭で「大嘗祭」となります。
(退位の礼と即位の礼、今の天皇陛下の呼び方は?次の皇太子さまは誰?)

その起源は弥生時代にまでさかのぼるとも言われる五穀豊穣を祝う大切な儀式、国民の生死にかかわる収穫を祝う行事です。

みんなよく働いて頑張ってるね、お疲れ~ なんて言って休む日とちょっとワケが違います。

新嘗祭は 勤労感謝の日、五穀の収穫を祝う祭典 もどうぞ

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元々はほとんどが「祭日」だった日本の「祝日」

日本の「国民の祝日」は、「敬老の日」と「体育の日」以外すべて「古事記」「日本書紀」または宮中祭祀・神道が根拠になっています。

つまり、天皇と国民のつながりが重要なところであり、日本国の根本を成すものです。

日本人の暮らしは、好むと好まざるとにかかわらず皇室と密接に関係しています。
それは朝起きてから寝るまで、生まれてから死ぬまでずっと続いています。

それを断ち切りたかったのがGHQでした。

戦後、もう二度と強い日本を見たくなかったアメリカは、国家神道と結びつくものを徹底的に排除し、天皇・皇室の存在を無きものにしたかった。

しかしひたすら国民第一の昭和天皇に感服し、天皇制を壊せば日本国民はかつてない反乱を起こすだろうと考え、天皇制までは排除できなかった、むしろ残すべきと考えた。

それでも、日本人を未来永劫骨抜きにするために、国家の成り立ちや世界一優秀な日本人気質を自覚させない作戦が必要だった。

だから、教育から「国史」を除き、祭日の名称を変え、本来の意味を教えることを禁じたのです。

GHQは、昭和23年3月まで、祝祭日の国旗掲揚をも禁止していました。

アメリカに不都合な日本の「祭日」は、うわっつらの意味をうっすらと並べた、ただ仕事を休むだけの「祝日」にしてしまったのです。

私たちは、すべての「祝日」を、本来の意味を知る機会も与えられずに来ました。

そして、やれ学校が、仕事が休みだの振替休日もあって連休だのとはしゃぎ、ご先祖様が感謝したり祈ったりして過ごした日々を何も考えずにやり過ごしてきました。

それでも、天皇陛下は国民のために祈り続けています。

ご先祖様が脈々とつなげてきた「日本国の国体」があったからこそ、現在の私たちが存在します。

私たちも、もういい加減戦後の呪縛から解かれて「祝日」の多くは「祭日」であること、日本と日本人の生きて来た道を知る教育を取り戻したほうが良いと思います。

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