無宗教ではご先祖様のご供養は出来ないの?

ご先祖様のお墓参り
ご先祖様のお墓参り

そもそも、ご先祖様(祖先ともいう)とは何か。
言うまでもなく、自分の親からそのまた親をたどる時の
登場人物、すなわち親族で亡くなった方はみなご先祖様。

「ご先祖様」は、仏教用語でも神道用語でもなく
自分に至るまでの親族の、亡くなった方を指すのですから。
ご供養に信仰する宗教のあるなしは関係ありません。

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ご先祖様を供養するってどういうこと?

「供養」という言葉は仏教から来たものですが、
日本人においては 亡くなった方(物)に対する気持ちや行動
という意味の言葉だとするほうが正しいでしょう。

人は誰でも親がいて、10代さかのぼれば累計2,046人のご先祖様、
このうちの一人でも欠ければ今の自分は存在しないわけです。

このことを考えただけでも、
今自分がこの世にあるのはご先祖様のおかげ、
と思うわけですが。

いつもいつも、そんなに遠いご先祖様のことまでは
考えていないというか、思ってもいないですよね。

今現在の暮らしの中で、家にお仏壇でもあれば
そこにお位牌のある方のことくらいは
日常的に無意識の中にも意識していると思います。

現実的な話、
ご先祖様をご供養するというのは
考えが及ぶ所の「今は亡き親族」を思う、
それで充分だと思います。

そして、もっともご供養になるのは
自分自身が、いただいた命に感謝して前向きに生きること。
これに尽きるのではないでしょうか。

ご先祖様を供養を、カタチに表したい日本人

信仰している宗教があったとしても、
「ご先祖のご供養」を目的とした儀式や行事のない宗教も
あるでしょうし、
「供養」という発想がない宗教もあるでしょう。

しかしだからといって
死んだらそれで終わり、きれいさっぱり忘れてしまう
というわけではありませんし、

亡くなった方を偲ぶ という思いは
万国共通、人類共通の、当然の感情です。

その人をいつまでも忘れない、ずっと大切に思う気持ちは
儀式や行事のあるなしとは関係ないですね。

身近な存在の方を亡くした場合にはなおさら、
特に信仰する宗教はないけれど何か「ご供養」したい、
それをカタチに表したいと考える人は多いでしょう。

日本人は特に、そういった国民性を持ち合わせていると
思います。

身近な方でも遠いご先祖様でも、
何かご供養をしたいな、と思った時、

その時に見よう見まねで
お墓をきれいにする、お仏壇にお線香やお花をお供えする、
「お盆」をやってみる、

はたまた 故人の好きだった音楽をかけてみる、
故人の行きたかった所へ行ってみる、

なんでも良いのです。

仏式の儀式・行事がしっくり来ればそうすれば良いし
神道が良いと思うならそうすれば良いのです。

間違った供養をしちゃいけないって?

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本来、仏教も神道も、生きるための教えであって、
死者を守ったり弔ったりするためだけのものではありません。

信仰を持つということは、
生きている私たちが何をどう考え、生活に取り入れるか、
ひいては、

どう生きてゆくか どう死んでゆくか を模索すること

だと、私は考えます。

キリスト教でも仏教でも、
特に信仰するものを持っている、または持ちたいなら、
その宗派の教えをしっかり勉強してゆけば良いし、

そういう特定のものにとらわれたくないと思うなら
良いトコ取りで良いのではないか、と思います。

亡き人のご供養も、
特定の宗派に従うならきちんと勉強をするべきですが

そうでないならご自分の思うようにすれば良いのです。
「自分流」 です。

本当の信仰心とは、無宗教・無信仰とする人を含め
他宗派を否定したり非難したりはしない、争わないこと
なのではないかと思います。

そうであれば ”間違った供養” などあるはずもなく、
「自分流」も間違いであるはずがないと思うのです。

無宗教と言いながら信心深い日本人

よく、日本人の独特な宗教観は節操がないとか
疑問だとされることがあります。

神社仏閣を巡りご朱印を集めたり と思えば
ハロウィーンで仮装したりクリスマスパーティをやったり。

困ったことや辛いことがあると(なくても)
お墓参りをしたりお仏壇に手を合わせたり。

特定の信仰がなくても
神様仏様、助けて下さい! と願うこともあるし
ご先祖様ごめんなさい! と詫びることもありますしね。

そしてやっぱり、老いも若きも

大晦日にはお寺の除夜の鐘を聴き、お正月には神社に初詣、
お彼岸におはぎを食べ、お盆にお墓参りをします。

でもこれ、素晴らしいと思いませんか?

日本人は節操がないのではなくて寛容なのだと思います。

日本人はキリスト教を信仰していなくても
ハロウィーンやクリスマスを祝いますが、多くの場合、
楽しいイベントとしてうまく生活の中に取り入れているだけです。

そうしながら自分の家のお仏壇やお墓はちゃんと大事にしているし
(ウチもクリスマスケーキをお仏壇にあげてるし!)
たとえ何もしなくても、ご先祖様を大切に思う心を持っています。

年末年始のけじめはつけなくちゃ、と思ったり、
新年の幸せを願って、除夜の鐘で煩悩を鎮め、初詣を欠かさない。

無宗教と言いながら実はとても信仰心の強い民族だと思うのです。

そしてなんでもアリのこの寛容さが
他の信仰を認め、尊重し、楽しいことはちょっと拝借して
上手に平和的に交流を深めている。
”和” を大切に思う日本人。
ではないでしょうか?

人類の歴史は戦いの歴史でもあるけれど
争いの元が宗教である戦争は多いし、今もなお、
世界のどこかで戦争が続いています。

宗教戦争は、日本人にはちょっと考えの及ばないこと、
実感の伴わないことだと思います。

世界中の人が日本人のように ”寛容” だったら
戦争は起こらないような気がします。

ですから、ご先祖様のご供養も「自分流」で構わないし
家族が気持ちよく平和に、幸せに暮らすことこそが
一番のご先祖供養であり、ご先祖様もお喜びになると
思うのです。

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