宗教とは何か。日本の宗教は仏教?神道?キリスト教は?

祈り、願い、懺悔、誓い、感謝。
祈り、願い、懺悔、誓い、感謝。

「ご先祖様」について考えたり書いたりしていると、
どうしても避けて通れないのが「宗教」とか「信仰」。
「宗教」とは、「信仰」とはいったい何なのか?

調べれば調べるほど、あまりに広すぎて深すぎて
良く知ろうと思えば思うほどひと言では表せないコトバです。
とりあえずは辞書の解説から、「日本の宗教」に近づいてみます。

スポンサーリンク

「宗教」とは、「信仰」とはなにか?

宗教の定義は宗教学者の数だけあると言われるほど難しく
辞典などの「定義」も様々です。

「宗教」の定義

宗教(しゅうきょう、英: religion)とは、一般に、人間の力や自然の力を
超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、
儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。
(Wikipediaより)

解説なしには何を言っているのかすらよくわからないです。
解説があってもよくわからない、かも・・・知れません。

まして、これをひと言でまとめるなど、到底できませんので
以下、コトバンクより引用していくつか抜粋してみます。

デジタル大辞泉の解説

しゅう‐きょう〔‐ケウ〕【宗教】

《religion》神・仏などの超越的存在や、聖なるものにかかわる人間の営み。
古代から現代に至るまで、世界各地にさまざまな形態のものがみられる。

百科事典マイペディアの解説

宗教【しゅうきょう】

一般に宗教とは,超自然的な力や存在に対する信仰と,それに伴う儀礼や
制度をいう。英語religionなどの語源はラテン語religioで,〈神への崇敬・
畏怖〉が原義であり,religare(強く結びつける)に由来すると考えられる。

大辞林 第三版の解説

しゅうきょう【宗教】


神仏などを信じて安らぎを得ようとする心のはたらき。また、神仏の教え。

経験的・合理的に理解し制御することのできないような現象や存在に対し、
積極的な意味と価値を与えようとする信念・行動・制度の体系。アニミズム
・トーテミズム・シャーマニズムから、ユダヤ教・バラモン教・神道などの
民族宗教、さらにキリスト教・仏教・イスラム教などの世界宗教にいたる
種々の形態がある。

「信仰」の定義

これもまた「定義」の難しい言葉です。
概念としては解る気がするし、一般的に一致する見解はあるでしょう。
しかし、それを深く理解しようとすると次々と疑問のわいてくる言葉
ではあります。

Wikipedia では、
信仰(しんこう、英語 faith)とは、
・神や仏などを信じること。また、ある宗教を信じて、その教えをより
どころとすること。
・人やものごとを信用・信頼すること。
・証拠抜きで確信を持つこと。またそれらを信じることを正当化する要因。
となっています。

以下はコトバンクからの抜粋です。

デジタル大辞泉の解説

しん‐こう〔‐カウ〕【信仰】

[名](スル)《古くは「しんごう」》
1 神仏などを信じてあがめること。また、ある宗教を信じて、その教えを
自分のよりどころとすること。「信仰が厚い」「守護神として信仰する」
2 特定の対象を絶対のものと信じて疑わないこと。「古典的理論への信仰」
「ブランド信仰」

大辞林 第三版の解説

しんこう【信仰】

( 名 ) スル
〔古くは「しんごう」とも〕

神仏などを信じ崇あがめること。経験や知識を超えた存在を信頼し、自己を
ゆだねる自覚的な態度をいう。 「仏教に厚い-を寄せる」 「神を-する」

人を信じうやまうこと。 「三郎の為人ひととなりを益々景慕し、弥々いよい
よ-する心を生じた/薄命のすず子 お室」 → 信心(補説欄)

「宗教」の歴史

スポンサーリンク

宗教の歴史は、人類の歴史とともにあります。
約5万年前のネアンデルタール人やクロマニヨン人など古代の人たちの遺跡
にはすでに死者を葬るなど宗教的な行為の痕跡があるそうです。

「意図的な埋葬」の痕跡としては30万年前の人骨が発見されているそうです。

「記録」として発見されたもっとも古いものは紀元前3千年の「筆記」。

紀元前500年(紀元前500年)頃にインドで仏教が生れ、
日本に仏教が伝わったのは西暦538年頃とされています。

宗教が発生した当初は多分に呪術的な要素であったものが、
「人」としての社会が発達し、「群れ」から「部族」→「民族」→「国家」
と変化するに伴い、
「原始宗教」「古代宗教」「有史宗教」「近代宗教」「現代宗教」
へと変化してゆきます。

宗教が発達・変化・進化してゆく過程には
意志の伝達手段である文字や言葉の発達、文化、風習などが大きくかかわり
「国家」の形成とともに各地域で独自の思想・信仰が形成されたのですね。

宗教の出発は、「人間がどこから来て、どこへ行くのか」という疑問であった
としたのはドイツの社会学者マックス・ウェーバーさん、戦後日本の社会思想
に大きな影響を与えた人です。

誰でも一度は感じたり思ったりしたことがありますよね、
なぜこの世に生まれ、何のために生き、死んでゆくのか。
人知の及ばない不思議な現象や未知なるものへの恐れ。
困難に立ち向かう勇気、幸福を願い平和を願う心。
未来に対する不安、死への恐怖。

この世を生きるがゆえの悩み、苦しみ、喜び、希望とともに宗教・信仰はあり、
人の営みと密接にかかわっているものです。

祈り、願い、懺悔、誓い、感謝。
「宗教」や「信仰」は人が生きるためになくてはならないもの、
生きていれば少なからず誰もが持っているもの、なのだと思います。

ご先祖様を大切に思う、亡き人を偲ぶことも、言ってみれば私たちが
生きるため、生きてゆくための自然な思考です。

世界3大宗教

世界三大宗教(せかいさんだいしゅうきょう)とは、
仏教、キリスト教、イスラム教の三つを指した言葉。三大宗教ともいう。
この「世界三大宗教」という用語は、日本・中国等の用語であり、
英語で「世界三大宗教」に相当する用語は存在しない。
信者数は、キリスト教が20億人、イスラム教が16億人、仏教が4億人
程度とされる。ヒンドゥー教の方が9億人程度なので仏教よりも多く、
信者数だけならキリスト教、イスラム教、そしてヒンドゥー教が世界三
大宗教になるはずである。 ヒンドゥー教が三大宗教に入らない理由とし
て、ヒンドゥー教がインドの民族宗教であること、また日本での知名度
が低いことなどが要因とされる。
また、これにユダヤ教、ヒンドゥー教を加え、五大宗教[1]とする場合も
ある。
(Wikipediaより)

世界宗教とは、信者の数でなく、様々な人種・民族・文化・国家を超えて
信仰されている宗教です。

信者数は
キリスト教 約20億人
イスラム教 約12億人
仏教     約4億人

ヒンドゥー教の信者数は約9億人ですが、特定な地域・民族に信仰される
民族宗教と分類されるそうです。

日本の宗教

日本の宗教は、当然ながら神道・仏教だけではありません。

それどころか 文化庁の宗教統計調査によると
届出のなされている宗教団体・法人の数は約40万団体!
もちろん日本国内の、数です。

この40万団体の寺社・教会等施設の数と信者数は以下の通り。

文化庁 宗教統計調査
【第2表 全国社寺教会等宗教団体・教師・信者数】
より引用。平成27年12月31日現在。

系統 団体数 教師数 信者数
神道系 173,190 79,352 89,526,176
仏教系 162,277 344,005 88,719,287
キリスト教系 13,973 29,971 1,928,079
その他 50,433 202,563 8,718,964

上記の表によると、全宗教団体の信者数合計は188,892,506人
約1億9千万人です。

これ、すごいですよね。

2017年1月1日時点の日本人の総人口は1億2558万3658人。

それをはるかに超える信者数となるのは、

  • 宗教団体を回答者として申告制で行うので多めに申告される
  • 日本の神道や仏教では地域の住民すべてを氏子・信徒とすることがある
  • 同じ人が神道も仏教も信仰しているなどがある
  • 無宗教であっても生家が所属する団体にカウントされる

など、いくつか理由があります。

ですので表の信者数は”延べ人数”として見ます。

それにしても、
やはり日本では神道・仏教は人々の生活と密接にかかわっており、
誰もが少なからず神道、仏教の思想は持っていると見て良いのではないでしょうか。

「宗教」がアヤシイのは事件のせいばかりでもない
 日本人気質と日本の風土

現在の日本では「宗教」=”アヤシイ”という印象すらあって
「信仰」しているものがあるなどと言おうものなら
”アブナイ人”と思われかねない、だからあってもゼッタイ言わない。

それもちょっと違うよなぁ、とは思うけれど
ムリもないなぁ、とも思います。

「オウム真理教」が世界を震撼させる大事件を起こしたことは
記憶に新しいし、当時を知らない世代でもこのことは知識として
あると思います。

その他よからぬことで話題になる宗教団体は数多くあるし、
勧誘がしつこいとか、軟禁同然に拘束されたとか、
高額な壺や観音さまや石を買わされた人の話は尽きないし。

こういう「アブナイ話」は
特に「新興宗教」と呼ばれる、ごく一部にすぎないとしても
「宗教」「信仰」などの言葉のイメージまでも悪くしてしまう、
すべてがそうじゃないとわかっていても身構えてしまいますよね。

また、事件とは関係なくても、
日本人は特に一般的じゃないと感じるものを ”異質なモノ”として
敬遠する傾向が強いのでしょうね。

異端なモノには近づかない、というか。

アメリカ合衆国では、国民の約80%がキリスト教徒だそうです。
また、世界の多くの国では信仰を持たないことの方が「異端」である
場合が多いですね。

海外旅行の際、訪問国の入国検査で書類に信仰ナシと書かない方が
良いと言われるのは、日本の無宗教が世界では「異端」である
ということでしょう。

日本では無宗教であることは「異端」ではないし、
複数の信仰があっても責められることはそれほどありません。
また、それだからこそ他の宗教を信仰する人を許容します。

ただ、日本人の内に秘める性質もあると思うのですが、
無宗教であることが「異端」でない日本で、
特定の宗教・信仰を持つことが自分の周りで一般的じゃないな、
と思うと人にわからないようにする、
だからますます理解されない、理解出来ない、ことになるのでは
ないかと感じます。

ちょっと応援してやるかと思っていただけたら・・・

ブログランキング・にほんブログ村へ

励みになります、ありがとうございます!

スポンサーリンク