結婚したら神様と仏様がたくさんいて、グッと近寄ってきてちょっとビビりました。

枚方市意賀美神社内稲荷神社
枚方市意賀美神社内稲荷神社

私の実家にお仏壇はありません。
子供の頃、お墓参りにはよく連れて行かれた記憶がありますが
祖父母は大きな霊園に眠っており、お寺ではありませんでした。

神棚なんて見たこともありませんでした。
あったかも知れないけど、記憶するほど関心を持っていませんでした。
そんなわけで日常の中で神様や仏様と接する機会はほぼゼロのまま育ちました。

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神社は遊び場、お寺は入っちゃいけない所だった子供時代

子供の頃に神社で木登りや鬼ごっこをして遊んだ記憶がありますが
お寺には行ったことが、たぶん、ありません。
お寺に行った、という記憶がないのです。

そうしてみると
神社って、入りやすかったんでしょうか。
垣根や塀もなく、どこからでも入れるイメージがあります。

お寺って、入口がちゃんとあって、そこが開いてるか閉まってるか、
開いてても勝手に入っちゃいけないような、ちょっと境界を感じるイメージです。

神様も仏様も関係なく、
ひたすら我が身最優先で、自分勝手にお気楽に生きていた私も

運よく ”結婚適齢期” に、めでたく結婚することになりました。

ひょっとすると、この結婚(幸い離婚せずウン十年経ちました)に導いたのは
ご先祖様か、はたまた神様だったのかも知れません。

結婚したらスゴイ神棚があってたまげました!

結婚してみると、婚家には神棚とお仏壇がありました。

商売をしていたので神棚があるのは当然といえば当然、
嫁いだ家は一応「本家」なのでお仏壇もあるのがあたりまえ
とは思いましたが、その両方とも、”家にある”のがとても新鮮に思えました。

神棚と仏壇がある家って、ちゃんとした家、という印象を与えるもんだなぁ
なんて思って、ちょっとだけ嬉しいという感覚があったのを覚えています。

驚いたのは
”神様” の ”装備” が並はずれていた! ことです。

いわゆる ”神棚” が4つと、大きな鳥居のあるお稲荷さん。
合計5つの神棚があるのです。

まず、”奥の間” に、「大神様」(おおがみさま)
これがメインで、幅と奥行きは押し入れ1間分ほど、高さは床から天井まであります。

たまげました。
なんだ?この家?? と思いました。

次に、台所に「荒神さん」(こうじんさん)
火の神様、台所の神様です。

あとでわかってくるのですが、これはけっこうあるお家があるのですね。

”会社”の事務所には よく見かける小さな神棚

建物の裏口を出ると「霊人さん」(れいじんさん)
これはちょっと説明が必要です、のちほど。

そして屋上にお稲荷さん
大きな鳥居があって、ブロックを積み上げてその上にお社(やしろ)、
脇にはご神木が植わっています。

これもなかなか立派でびっくりしました。

大神様といいこのお稲荷さんといい・・・この家は、この家そのものが神社なのか??
ワタシ、大丈夫か?
なぜだかちょっとビビりました。

そして、自宅の居間に、普通のお仏壇

いたって普通でした。

よくテレビのドラマで、床の間に、それこそ床から天井まである
きらびやかで立派な仏壇が出てきますがそんなんじゃなく。

ただ、立ったままお参りできるような高さに、
仏壇専用の収納棚に仏壇が乗っかっている格好です。

仏様は普通。
神様のほうが100倍立派です(笑)。

災害で亡くなった方をお祀りした霊人(れいじん)さんの話

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霊人さんについて少し説明しますと、

昔この土地周辺で亡くなって成仏できなかった人たちを供養し、
神に準ずるものとしてお祀りしたもので、それはもう神様なのだそうです。

婚家は東京都心部にあり、近くに神田川が流れています。
この神田川、昔はよく氾濫したそうです。

あるとき大洪水となり数人?たくさん?の死者が出たそうです。
その霊が成仏できずに彷徨い、婚家にも不思議な出来事をもたらしたそうです。

そこで宮司さんにお祈りをしてもらい、手厚く供養して
我が家で「霊人さん」としてお祀りをしてお世話をすることにしたのだそうです。

だから仏様だけど、神様なのよ。

と、姑が申しておりました。

私には何だかわかったようなわからないようなお話でしたが、
その日から霊人さんが身近なものに感じたものでした。

神様と仏様の日々のお世話と年中行事でちょっとわかったこと

さて、このたくさんの神様たちと仏様。

彼ら?を守り? 彼らに見守られて、この家はあるのでした。

神事も仏事も知らない私は驚きの連続、発見の連続でした。

日々の決まりごともそうですが、行事はすべて暦に沿って行われるのです。

行事とか暦とか、古臭い言葉のようですが、
神様と仏様にまつわるイベントはすべてカレンダー通りに行われる、
ということが、なんだかしっくりくるのですね。

カレンダーなんて日にちと曜日を見るためだけのものだと思っていた私は、
結婚して、「日本の暦」のすごさに気付いてゆくのでした。

神様と仏様のお世話、
お世話というか、お世話になっているのはこっちなのかもしれないけれど。

神棚と仏壇のあれこれは、難しいことはないのだけれど毎日しなければなりません。
神棚にはお水とお米、
仏壇にはお水とお茶とご飯をあげる、などです。

毎日となるとけっこう大変、
その合間に 暦通りに様々な行事をこなしてゆくのですから
わりと忙しいのです。

最初は訳も分からず懸命に真似をしておりました。

少なくとも神聖なものという意識はありましたが、

メンドクサイナァ! が実感!

でも、これらのことを実際にどこまで実行するか、よりも
この信心が大切なのだ、と、しだいに感じるようになるのです。

何か、イカガワシイ神様にのめり込んで傾倒するのとは違います。

日本人が太古の昔から持っていた、
自然や人類の歴史に畏敬の念を以て暮らす

ということを学んだのだと思います。

今振り返ると、その頃から
「自然」や「神」や「仏」、
神道だとか仏教、宗教というものに関心を持ち始めたのだと思います。

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