人は死んだらどうなるの?-死後の世界を考える-

死後の世界
死後の世界

人は誰でも例外なく、いつか死にます。
「ヒト科」に分類されるサルが現れた約3千万年前の人類誕生以来、
1人として死ななかった人はいません。

死んだのち、生き返った人もいません。
人が死んだらどうなるのかを見た人も体験した人もこの世にはなく
すべては生きている私たちの「考え方」であり、正解はありません。

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死後の世界が知りたい!

この世に生きる全ての人間の永遠のテーマ、「死後の世界」。

私は、人は、死によってカラダは滅びても魂は残り、生き続け、
やがて生まれ変わる人と、浄化してランクアップする人に分かれる
(位の高い仏様になったり、神様になっちゃったり)
と思ってるんですけど。

あなたはどう思います?

人は「物質」で出来ているので、死んだら焼かれて灰にになるか
埋められて土に還り、どちらにしても無くなるので、「無」になる。

科学が好きで、非科学的なことのキライな人はこう思うかも。

いいえ、人は死んだら三途の川を渡ってあの世へ逝くけど
あの世の入り口で裁判があって、天国行きか地獄行きかを判定されるの。
天国へ行けば仏様になれるけど、地獄に落ちたら永遠に苦しむの。

これあたりが一般的?

いやいや、どんな悪党も死んだらすべて許されて、誰もが天国で
幸せに暮らすのさ。

極楽浄土で酒池肉林。
ダメな人(仏?)になりそうな気がしないでもないんですけど。

そうではありません! 人は死んだら神になるのです!
人間の魂は神から頂いた神の分霊、肉体は魂の器。
死後、肉体は大地に還り、魂は霊界に帰って神に戻るのです。

神道ではそうなるみたいですね。

三途の川を渡りかけた人は何を見たのか?

よく、生死の境をさまよい生還したとか、臨死体験をしたとか
という貴重な体験をした方がいらっしゃいますね。

その「臨死体験」は人それぞれですが
だいたい共通して、三途の川を渡りかける、これが一番多いようです。

お花畑も多いですね。
どこまでも続くお花畑をどこまでも歩いていく、と、
やはり三途の川(と思われる川)が出現するみたいです。
三途の川の向こう岸がお花畑だったりもするみたいです。

いずれにしても「臨死体験」の途中で
「向こう」にいる人に「来ちゃダメ!」と言われるか
こちら側で(戻って来いと)自分を呼ぶ声がして引き返して目が覚める。

三途の川やお花畑は、やはり死後に見る最初のシーンとして
あまりにも有名というか「定番」で、
それだけ多くの人に「刷り込まれている」のだろうなぁ。

そして、「来ちゃダメ!」「戻ってこい」 の声が聞こえるのは
いってみればその人の生命力で、その人の本能が「生きたい!」と
叫んでいるからだと思います。

この辺が、無宗教だけど宗教的な日本人らしくて、好き♡です。

三途の川の向こうはどんな世界?

「臨死体験」はつまり、大変幸せなことに亡くならずに済んだわけで、
確かに生きて体験したことです。

死んでいないので、
多くの場合、三途の川を渡った先のことはわからないまま
「帰って来ちゃう」わけですよね。

死んでしまったら帰って来られませんから。

だから「死後の世界」の正解は あたりまえだけど死んだ人にしか
わかりません。

「三途の川」だってホントにあるかどうか誰も知らないんですから。

「臨死体験」も、「科学」も、もちろん「歴史」にも正解はない。
どんな哲学をもってしても死後の世界を知ることなど出来ません。

神道では、人間が死ぬと、すべて神になると考えるようです。

仏教ではもともと死後の世界については語っておらず、
自業自得の因果の道理にもとづいて、死ぬまでの自分の行いによって
死後の世界が決まると教えられているようです。

いずれにしても、どんな教えも
わからない死後の世界をわからないからといって考えないのではなく、
「死」を見つめて「生」を考える「教え」なのではないかと思います。

結局、死後の世界は死んでみないとわかりません。

でも私はやはり、「死後の世界」はあると思うんですよね。
どんな形にせよ、死んだあとの世界はあると。

だからこそ。

「人として」まっとうに生きなきゃと思うし、
ご先祖様を「仏様」や「神様」として、生きるための拠り所として
大切にしたいと思うんだ、と思うんですよね。

そして、
ご先祖様たちがどんな暮らし?をしていて、
自分の場合はどうなるんだろう? と思うわけで。

死後の世界を思うと、やはり「極楽浄土」や「天国」が良いし!

極楽浄土に行けるように生きなきゃ。 なんでしょうねぇ。

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