拾い過ぎ -正直者は得をするー真面目な男の立身出世のお話

小判
小判

むかしむかし、江戸は青山に門奈助左衛門というお金持の
武士がおりました。
その家来にたいへん真面目で正直者の男がありました。

年の暮れも押し詰まった十二月二十八日、
男は主人のお遣いで、浅草の蔵宿(くらやど・当時の武士専門の
金貸しのような所)に行って五十両のお金を受け取りました。

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花のお江戸は青山が舞台のお話。

それを大切に財布に入れて首から下げ、帰る途中玉竜寺のあたりの
道が悪く、転んでしまいました。

急いで屋敷に戻り、汚れた手を洗おうと思ってその財布を部屋の鴨居
に引っかけておきながらすっかり忘れてしまいました。

手を洗ってご主人の元へ報告に上がると、財布がない!

きっと転んだ時に落としたと思った男は物も言わずに飛び出し、
今来た道を急いで戻ると案の定、玉竜寺の門前に小判が散らばって
光っています。

「ああ良かった、まだそれほど人が通らなかったようだ」

ひと安心して拾い集めてみると、三十八両しかない。

「あら、十二両足りないぞ。これは困った」

困ったけれど、とにもかくにも戻って訳を話そうと帰ってみると
鴨居に財布が下がっています。

「ああ!そうだった、ここに引っかけたんだった。
するってぇとこの小判は・・・ 誰かの落とし物を拾っちまった!」

これは落とし主がさぞ困っているだろうと
ほうぼうへ知らせてまわり、待っていましたがいつまで経っても
落とし主が現れません。

落とし主が現れなければ仕方がない。
時が経つとともに自然に小判は男のものになりましたが
男はそれを無駄遣いせず大切に使い、それを元手に段々と出世しました。

これも男が常に真面目で正直であることの報いだろうということです。

最初に寺の前で転んだのも、急いでいてその小判に滑って転んだらしい
というお話です。

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このお話は、真面目に正直に生きていれば必ず報われるという
お話ですね。

特に大きな事件が起きるわけでもないのにこうしたお話が語り継がれる
のは、やはり人の世はいつの時代も変わらないからなのだろうと
思います。

時代背景や風俗が違っても、大切なこと、心がけることは同じ、
だからいつ、どんな立場の人が読んでもよくわかるし面白いのですよね。

このお話の主人公は 門奈助左衛門(もんな すけざえもん)という
武士の家来ですが、

門奈助左衛門は徳川家康の小姓で実在の人物だそうで、
「徳川実紀」(江戸時代に編纂された江戸幕府の公式記録)に
記述があるそうです。

小姓にも色々ありますが、門奈助左衛門は家康の秘書的な立場、
いわば側近であったようで、家康の暗殺を目撃した人物ともいわれます。

その門奈助左衛門、このお話でも「金持ち」とされていますから
その家来であるこの男も出世したとなればそこそこ良い身分になった
のでしょうか。

名前がないところを見ると、このお話自体は創作なのでしょうねぇ。

青山の「玉竜寺」 というお寺も、いくら調べてもわからないのです。

廃寺になったとしても実在したのなら何か手がかりがあると思うのですが。
やはりこのお寺も架空のお寺でしょうか。

どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい!

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