日本人の祖先は縄文人。人類誕生から縄文時代までを簡単に!

竪穴式住居
竪穴式住居

約46億年前に地球が誕生し、
約40億年前に海ができて、海の中で、地球初の生命が誕生しました。
約24億年前に最初の氷河期が来て、22億年前、地球はまるごと凍ってしまいました。

4億年前頃に海の植物や生き物が陸に上がり
3億年前には昆虫が爆発的に増え、ゴキブリもこの頃に出現します。
恐竜は2億5000万年前に出現、1億年前に全盛期、6550万年前に絶滅しました。

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人類の誕生と進化の歴史

地球は、誕生以来冷えたり温まったりを繰り返し、
海で生まれた生命(バクテリア)は環境に合わせて細胞分裂を続け
新しい生命の誕生と絶滅を繰り返します。

その間に将来「ヒト」に分かれて進化を遂げる「霊長類」が生まれ
これもやはり絶滅と進化を繰り返しながら「人間」になってゆくのです。

まずは簡単に「人類出現の歴史」を振り返ってみましょう。

「猿人」以前

時期 種別 特徴・概要
約1億年前 霊長類 サルの仲間
約4000万年前 類人亜目 霊長類からヒトに分かれる元となる
約600万~500万年前 ヒト亜科 後足で立ち、歩くことができる

「猿人」の時代

時期 種別 特徴・概要
約400万~300万年前 ヒト亜科が進化 「アウストラロピテクス」出現。
直立二足歩行。前足(手)で物を持つことが出来る。
「道具」を使えるようになる
200万年前 ヒト属 「ホモ・ハビリス」出現、石器を使う

「原人」の時代

時期 特徴・概要
180万年前 「ホモ・エレクトス」出現、
アウストラロピテクスから進化した
ジャワ島で化石が発見され(ジャワ原人)、
人類は原人の時代に初めてアフリカを越えてアジアに広がったことがわかった。
60万年前 氷河期に入る。 毛皮を着て、天幕を張った非難壕や洞穴に住んだ
50万年前 北京原人の出現
火を使うようになり、ヒトの暮らしや活動が大きく変わる
50万~30万年前 「旧人類」とされるネアンデルタール人の出現
イラクの遺跡から史上初の葬式跡を発見、死者に花を添えた痕跡もあった
20万年前 「新人類」とされるクロマニヨン人の出現(ヨーロッパ、北アフリカに分布)
上洞人(中国・初期のモンゴロイドとされる)
港川人(沖縄・上洞人とは系統が違うとされる)
狩猟採集生活、家畜はイヌ、壁画・彫刻などを残している

日本には、3万年~4万年前に原人が移動してきたようです。

まだ日本列島がアジア大陸と陸続きだったので歩いて来て、
そのあと2万年ほど前に大陸と切り離された、とされていましたが、

新しい説では、3万年~4万年前にはもう日本は大陸と切り離されていて
「最初の日本人」は約38,000年前、舟に乗って来た、というのです。

ところが岩手県遠野市で8万5千年~5万年前と推定される遺跡が
見つかり、石器も出土しているという話もあり、
未だに事実は謎に包まれています。

というか、実際にその時代にタイムスリップでもしないかぎり
全ては推測でしかないわけですが、様々な技術や研究の進歩で
真実に近づきつつあることは確かですよね。

日本人の直接の祖先とされる縄文人

ともかく、
アフリカで誕生した猿人が原人となり世界中に広がって、
日本列島にも移動して来ました。

日本列島に定住し、ヒトとして目を見張る進化を遂げ、
今の日本人の暮らしの基礎を築いたといえるのが縄文時代です。

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小さな社会の単位が出来た!縄文時代

縄文時代は、約1万5千年前から約2,300年前あたり、とされます。

はるか昔のことのようですが、地球や人類の歴史から思えばつい最近です。

縄文時代初期は、氷河期の「最終氷期」がピークを過ぎ、地球が
温暖化に向かいながらも急激な温度変化が何度も起こったそうです。

この環境の変化で植物にも変化があり、マンモスやナウマンゾウなど
巨大哺乳類は1万年前ごろまでに絶滅します。

こんなすさまじい時代に、人間がどうして生き延びることができた
のでしょうか。

火を使い、火を起こすことができた!

ひとつには 「火を使えた」 ことが挙げられます。

人類がいつから「自在に火を起こす」ことが出来たのか、
はっきりとはわかっていません。

3~4万年前に日本列島にヒトがやってきた頃には「火を使った」
ことはわかっているようです。

火を使ったことはわかっていますが、どうやって火を起こしたのか
まではわからないのです。

ただ、ヒトはもっとずっと以前から「火」が便利で大切なものだと
いうことを知っていました。

火の起こし方が見つかる前までは、山火事や落雷など自然に起きた
火を何かに移して持ち帰り、焚火にするなどして利用していました。

そのうちに風で木々がこすれ合って火事になるのを見て
摩擦によって火が起こることを発見するなど、「火の起こし方」を
学びますが、いざ、火を起こすのはなかなか大変でした。

火を起こすことが出来ても、「自在に火を起こせる」ようになるのは
縄文時代も中期の頃のようです。

「火の利用」は、ヒトの生活をとても大きく変えました。

・その明るさで夜も活動できるようになります。
・暖を取る事ができます。
・虫よけ、獣よけになります。
・肉や木の実も加熱することで食べやすく消化よく栄養価も高くなり
・病原菌や寄生虫も減ります。

そして大きかったのは
共同生活=集団生活が増えたことです。

自然の発火から持ち帰るのは思い通りにはならないし、
火を起こすのだって大変な仕事です。
一度火を起こしたら出来るだけ長く、たくさんの人が使いたい。
火は、共同で利用するものだったので、集団生活の必要が増しました。

集団で協力し合って暮らす、ということは
意思や感情の伝達、情報の共有が必要です。コミュニケーションです。

食べ物が変り、生活が進化すれば
命の危険が減り、寿命が延びますし、子供も増えます。

「火」は、「社会」が形成され、文化が生まれ、人口が増えるための
大きな役割を果たしたのだと思います。

そうは言っても厳しい自然環境と共存する縄文人たちは、
きっとたまたま生き延びた生命力の強いわずかなヒトだけだったかも
しれません。

次の弥生時代に移る頃、縄文人の人口は10万人ほどだったそうです。

遊牧生活から定住スタイルへ

旧石器時代には、季節によって狩猟や採集のしやすい所へ移動する
生活、いわゆる遊牧生活をしていましたが

旧石器時代から縄文時代への移行期である草創期には一時的に特定の
所で生活をするような、半定住生活をする集落があったそうです。

住居は「竪穴式」で、地面を掘った中に柱や梁、垂木などで骨組みし、
土や藁で屋根を葺いた立派な住居です。

群馬県で発掘された遺跡には縄文中期の300軒以上の竪穴式住居が
見つかっています。

約7,000年前には定住の痕跡があり、
集落の規模は数十人から数百人規模へと拡大してゆきました。

縄文時代の中頃には農耕が始まりますが、
全ての食料を農耕によって賄えるはずはなく、むしろ農耕は補助的な
範囲で、人々は相変わらず動物や魚、木の実、植物の葉、茎、根など
自然物を中心に食べていました。

しかし、火を使うことによって調理が可能になっています。
火はまた、土器を作ったりするのにも役立ちました。
道具(石器)がどんどん改良され、多種多様で機能的に進化し、
大型のものも増えました。

食品の貯蔵庫、調理設備、調理場なども設えるようになりました。

それまでは長いこと一定の場所に定住しない(しなくても良かった)
遊牧生活でしたが、決まった場所に住むほうが都合が良いことが増えた
のでしょうね。

そうなってくると、身近に計画的に食料を調達できる環境が必要になり、
居住地近隣の開拓や整備を進める中で必然的に農耕を始めたし、継続した
と考えて良いようです。

ただ、この頃はまだまだ自然の環境が生活や命に大きく影響しましたし
一生をそこで過ごす完全な定住ではなかったようです。

農耕が始まっても、狩猟や採集のほうが中心であるし、
内陸に住む人々と海辺に住む人々の生活はかなり違っていました。

しかし、この縄文時代に 衣・食・住 の大きな変化と進化があり、
山、平地、海 それぞれの環境の中で道具や設備のめざましい発達が
あり、現代にまで続く「生活の基本スタイル」が出来つつあったことは
間違いありません。

同時に、自然崇拝、呪術、信仰などが生れ、
人間社会の「階層」や「地位」も形成されてゆくのです。

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