お寺の鐘の音がうるさいという苦情をどう思いますか?

お寺の鐘
お寺の鐘

「お寺の鐘がうるさい」という苦情があることを知りました。
お寺の鐘の音まで「苦情」になってしまう時代なのか~~
と、なんとも寂しい気持ちになってしまいましたが

「苦情」の内容を見てさらにびっくり!
そんなことになってるなんて知らなかったんです。
つくづく、ムズカシイ時代だなぁと思います。

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お寺の鐘は、なんのため?

まず1つは、時刻を知らせるため。

むかし、時計などなかった頃にはお寺の鐘で時刻を知る
という重要な役割がありました。

朝の暁鐘(ぎょうしょう)と日暮れ時の昏鐘(こんしょう)、
また、法要のなど仏事の時の予鈴 などです。

また1つには、お寺で修業をする僧侶のため。

僧侶の修行はとても大変ですので、朝起きるのがつらかったり修業中に眠気に襲われたりします。
そんな時、鐘の音を聴いて目を覚ます、煩悩に囚われがちな心をあらためるという役割がありました。

もう1つ、お寺の鐘の音を聞くことであらゆる「苦」からのがれ悟りを開くための「功徳」を積む、という意味もあるそうです。

実際、確かにうるさいと思う気持ちもわかります

今の時代、「時を告げる」役割はそうとう薄れてきています。

時報代わりなら、要らないからやめてほしい
と思うのも無理はないです。

時報でなくても折々に鳴る鐘の音。
特に「除夜の鐘」の時には、苦情も増えるようですね。

お寺の鐘がうるさい と思う方の多くは
小さなお子さんや病気の方がいらっしゃるご家庭で、
主に「寝ているのに起きてしまう」という理由が多いようです。

これは普通に そう言うのも無理はないと思いますよね。

小さなお子さんなら、時間を問わずやっと寝付いたところを起こされてはお子さんにも良くないしお母さんは大変です。

子供でも大人でも、特に病気で安静にしていなければいけない時におちおち寝てもいられないと思ったら、そのストレスで悪化しそうです。

どこかで鐘をついてる、くらいに聞こえるならむしろ「風情があっていいわぁ」と思うでしょう。

お寺の近くにお住いの場合はどうでしょうね。
どれくらい近いのか、で、かなり違いがありそうですよね。

まるで耳元で鐘をつかれるように ゴ~ンゴ~ン と鳴ったら!
まぁ、風情どころかうるさいと思うことのほうが多いかもしれません。

「苦情」の数は少数、基本、お寺の鐘に寛容な日本人

うるさいと思う理由、それは理解できます。

といっても、「苦情」自体は少ないようです。

日本はお寺の多い国です。
お寺が密集している地域もあります。
(密集しているほうが鐘の音があたりまえすぎて苦情はないかも?)

そして基本、日本人はお寺の鐘の音に寛容です。

幼いころからあたりまえのようにあったし、風情を感じるし、「時報」も、時刻を知るというより生活の中の良いアクセントとして便利 など、生活の一部になっている方も多いです。

苦情が増える「除夜の鐘」も、楽しみにしている方も多いですよね。

除夜の鐘は、
除日(じょじつ・大晦日)の深夜、日付が新年に変る頃に108つを打ち煩悩を祓い新しい年の幸せを願うもの

だいたいこんな意味、ということを多くの人が知っていますし、

除夜の鐘を聴きつつ心静かに行く年を振り返り新年を思ったり、除夜の鐘を聴くために、または自分でも撞くために初詣に行ったりします。

とにかく「うるさい」と感じなければ「日本のイイモノのひとつ」だと思う人が多いでしょう。

全国に広がる「自動鐘撞き機」

賛否両論、生活スタイルが昔とは大きく変わった今となっては両方の気持ちがわかるだけになんとも歯がゆい問題です。

そんな中、

こんなものがあったの!? と思ったのが、「自動鐘撞き機」

自動で鐘を撞く機械。  です。

正式名称は 「全自動撞木」

「撞木(しゅもく)」は、鐘を撞くための”棒” のことです。

自動鐘撞き機は、読んで字の如く、
タイマーをセットしておけば自動で吊ってある撞木を動かして、人が撞くのと同じように鐘を撞いてくれるんですね。

なんと! 2007年には1,600箇所にあったそうですよ。

1980年頃、ある電機部品メーカーさんが開発したそうですが、1セット 60万~100万円 くらいだそうです。

製造はこの1社だけのようで、いまだにシェア100%のようですね。

なぜそんなものが出来たのか??

そりゃあ、必要だから出来たんです。

きっかけはお寺の人手不足、高齢化

まぁ想像がつきます、ひたすらコレの尽きると思います。

お坊さんも少ないでしょうが、檀家さんも減少する昨今、お寺と檀家が束になってかかっても間に合わないでしょう。

便利なようです。

重宝しているみたいです。

重い撞木、つきっきりにならないとだし、時間もかかります。
鐘を撞くのも大変な仕事なんです。

導入したお寺さんは言います。

「子どもの頃からずっと聞いてきた鐘の音。
 途切れさせては、もっと寂しい地域になってしまう」

「鐘の音は仏様の声。すべての参拝者に聞いてもらえるようになった」

「鐘の音は日本人の郷愁を呼び起こす。守っていく使命感を持ち続けたい」

うんうんうんうん、わかります! わかりますとも!!

でも、この「機械が撞く鐘」が、
お寺の鐘がうるさい、と感じる人には気持ちを逆なでするようなことにも
なるんですよね。

「自動で鐘をつくこと自体おかしくないですか?
 形だけの鐘の音で安堵感を得られるのでしょうか。」

「拡声器まで装備されて・・・これが騒音でなくてなんなのですか?」

拡声器!!

それはちょっと・・・やりすぎと違うの?

鐘を撞くのをやめたお寺も。現代の「お寺の鐘事情」

住民の苦情がきっかけで鐘を撞く時間を変えたり、鐘を撞くことをやめたり時間を変える、回数を減らすなど対策をしたお寺もあります。

除夜の鐘も「除夜」でなく「除夕(じょせき)の鐘」として昼間とか、夕方にしたお寺もあります。

現存しているお寺はほとんどが数百年という歴史があります。
あとから住宅地になったとしても、ほとんどの住居より先にお寺があったんです。

でも、住宅もマンションなど高い建物ばかりの所では「反響音」も大きくなります。

環境が、時代と共にものすごく変わっているんです。

伝統の守り方も、文化の継承も時代と共に変化すべきとは思います。

一方で、お寺の鐘は騒音じゃない、という方がたくさんいらっしゃいます。

「うるさいと考えるならば、何故今の場所に引っ越したの?」

「優しいなまはげ、座り込む二宮金次郎・・・日本人として、どうなの!」

「クレームは聞く必要ない、日本の文化を護るべき!」

「昔からの伝統行事なんだから無視して堂々と鳴らせばよろしい」

「毎日うるさいけどそういうもんだと思っています。昔からそこにある日常なので」

騒音、匂い、空気。
環境って、誰でもない人間が作り出すものですよね。
暮らしや命にかかわることは、早く、どんどん、改善・改良してゆかないと、本当に暮らしにくい日本になっちゃいます。

そして、今まで生きることの支えにしてきたもの、大切にしてきた心もあります。

「問題」や「被害」に直面しないとわからない切実なこともありますよね。
でも、ひとこと文句を言う前に、感じ方を変えることはできないかな、というのがひばりの率直な感想です。

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