お彼岸に思うこと。自分を見つめ直す六波羅蜜。

六波羅蜜
六波羅蜜

2018年、春のお彼岸は3月18日(日)から24日(土)です。
秋のお彼岸は9月20日(木)~26日(水)です。
春分の日、秋分の日が真ん中で、中日(ちゅうにち、なかび)といいます。

お彼岸はほぼ平日で忙しいですからウチもお墓参りくらいがやっとですが、
お彼岸の意味からすると、普段はすっかり忘れているご先祖様に想いを馳せ、
今の自分、未来の自分を考える良い機会、むしろ自分のための日なのです。

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お彼岸だから、自分を見つめ直すってどういうこと?

お彼岸という言葉はわりと誰でもご存知でしょうけど
「入り」とか「明け」とか「お中日」とか、今はほとんど使われないのかもしれません。

1週間のお彼岸の初日が「入り」最終日が「明け」ですが、
聞いたことも言ったこともないよ、という人が増えているらしいです。

「暑さ寒さも彼岸まで」

これも最近言わないのでしょうか?
私は日常的に使うというほどよく言う言葉なのですが。

寒い寒いと言っていても3月のお彼岸を堺に暖かくなる、暑い暑いと言っても9月のお彼岸が過ぎると涼しくなるね、ということですよね。

実際、3月になると急に春めいてきますね。
花粉症の人には恐怖の季節の始まりです。

花粉症で体調最悪でも、春は何かとやることが山積みです。

「春」といえば「忙しい季節」 と連想する人も多いでしょうね。

卒業、入学、就職、転勤。
とにかく行事の多い季節ですから。

引越し屋さんは書き入れ時です。

そんな忙しい中、3月には春のお彼岸もあるということをちょっと思い出して下さい。

前の記事でお話しましたようにお彼岸は、

ご先祖様を供養するとともに、自分を見つめ直し功徳を積む期間 です。

お盆は里帰りするご先祖様をおもてなしするという意味合いが強いのですが、
お彼岸は生きている自分たちのための期間 とも言えます。

なにもお彼岸でなくたって、毎日お仏壇に手を合わせ、日々一日一膳、悪いことはしないと自分を戒めている人には普段通りのことなんですが。

でも、家にお仏壇はないし、お墓参りも数年に一度行くか行かないか、

なんて人には「お彼岸」や「お盆」はちょっと心を洗う良い機会と思って過ごされると良いのではないかと思いますよ。

で、せっかく春のお彼岸、新年度も始まるし、「自分を見つめ直す」のには最適な時期です。

特に、ツイてないなぁ、うまくいかないなぁ、など、
自分は「不運」だと感じる人は、大概がお墓参りなど無形の世界に関心を持っていない人

だそうですから。

いえいえ、別に「信仰」とか「宗教」の話をしているわけではありません。

人は独りでは生きていない、という当たり前の話です。

「有形の世界」と「無形の世界」

人にはご先祖様から脈々とつながる「タテの関係」と、今生きている自分の友人や仕事の人間関係など「ヨコの関係」があります。

そしてその人の「運命」とか「生きる道」(「目指す道」と言っても良いかもしれません)、
これはその人の「思考・精神」といった内面と、身体的なことや環境などの「現実」から成り立つものですから、これらのバランスが大事、というわけです。

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「今ある現実」は、自分の存在や環境、仕事、友人は、目に見えている「有形の世界」(ヨコの関係)

それは紛れもなく過去から今までつながってきた「命」と「自然」がもたらしたもので、目に見えない「無形の世界」(タテの関係)

人は皆、この「有形の世界」と「無形の世界」の両方を持っていて、それによって「自分」が形成されている、というのは理解できます。

であれば、自然に逆らったり、ムリを通せば道理が引っ込むのは当然なので安定しない、長続きしない、ということ、なのだそうです。

う〜〜ん。

文字にすると、わかったようなわからないような話ですが、私はかなりズシンと来ましたね。

過去の失敗を振り返ってみて、まさにそういうことだった! と思ったもんですから。

それで私が猛省しながら思い当たった一つの結論は、

人には出来ることと出来ないことがある。

ということ。

だからあきらめて分相応にしろというようなミもフタもない話ではなくて、

「今」出来ることと出来ないこと
「一生」出来ることと出来ないこと

という区別があって、

さらに

「一生出来なさそうだけど、やり方しだいでは可能性もある」

「今だって出来なくはないけど今じゃないほうが良いこと」

のように分けることで、「今、なにをすべきか」を考えるという意味なんだと思ったのです。
私の失敗は、そこをちゃんと考えなかったことが原因だなぁと思いました。

確かに、お金や財産があるとかないとか、

美人だとかブサイクだとか、

瞬発力はあるけど持久力はナイとか、

身体的障害とか家族の介護とか。

色々色々、あるわけですが。

でもね。

言ってみればどんな人もなにかしらのハンデを背負って生きているんだと思うのです。

人と比べたって仕方がないし、羨んだってその人になれるわけじゃないし。

自分が今、何を望み、先々どうなりたいのか、それを叶える方法はあるのか、ないのか。
そのためには「今」なにをすべきか。

そういう順序で考えないとゴールが明確になりません。

ゴールがわからなければ走りようがないです。

さらにそのゴールは、「とりあえずのゴール」。

最終地点でもないし、限界でもない。

そこに到達したらまた新しいゴールを設定すれば良いのだから。

可能性は無限大〜!

ではないかも知れないけど。

今見えていない可能性がものすごくたくさん、きっとあるってことですよね。
自分は「不運」なんじゃなくて、ちょっと知らなかっただけ、なんですよ、きっと。

私だって、まだ可能性はあります!

可能性って、若い人の特権ではない!

トシを食うほどに減っては来てるけど(涙)。

自分のルーツと自分の未来を考えるお彼岸です。

うららかな、花粉混じりの春の風に目と鼻を真っ赤にしながら

普段は思いもしない自分のルーツに想いを馳せ、

今の自分がナニで出来ているのか、どうしてこうなのか、

を考えると、また違った明日が見えてくるかも知れません。

多忙を極める毎日だけれど、

お彼岸にはお墓参りにでも行って、
お墓が遠ければ実家のお仏壇にお参りして、
それも遠ければ近くの霊園とかお寺に行ってみるとか
それも出来なければ自宅で、職場で、天を仰いでみるとか。

電話とかLINEでご両親に亡くなったご先祖のことを聞いてみるとか。

そんなことで良いと思うのです。

ご先祖様に感謝ったって、

話を聞いたらどうにも感謝できないこともあるかも(笑)。

でも、自分までつながった命には無条件に感謝、というか、よくぞ途切れずにここまで来たと感心しますよね。

人類始まって以来、自分まで来たんですから。

さぁ、春のお彼岸です!

ぼたもち(春は牡丹餅、秋はお萩。名前がちがうだけ、同じものです)でも食べて、

自分にもご先祖がいたっけなぁ と思いながら「六波羅蜜」でも検索して、

ほんのひととき、自分を見つめ直すのもお彼岸らしくて良いと思います。

ご先祖様が、なにかヒントを下さるかも知れません。

「お彼岸」の前の記事

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