「終活」って、何のため?誰のため? 自分らしい生き方って?

人生
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「終活」が注目を集める背景には「進行する核家族化」があるといいます。
昔は一つ屋根の下の家族が沢山いて、死んだ時のことは家族に任せることが出来た。
けれど今は、自分の始末は自分で準備する必要がある、というわけです。

核家族化が進み、「葬儀」や「お墓」の在り方も従来にとらわれず多様化する中、
「死後の理想」も個人単位で多様化しています。
「死後の理想」は人生の終末までをどう生きるかに関わることですね。

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片付かない日常

毎日忙しいですよね。
日々雑多なことに追われて、色々と中途半端なまま放置しているものが増えます。

優先順位の高いものから処理してゆけば”今日でなくてよいこと”は当然後回しになるわけで。

”今日でなくてよいこと”を先延ばしにして、溜まってゆくのです。

でも、暮らしてゆくために「やるべきこと」はやるべきなのですよね。

季節の変わり目、衣類の整理。

お風呂場の大掃除。

税金の納付書は・・・あ!明日までだ! (早く口座振替にすれば?)

粗大ごみの「回収シール」を買わないと!

冷蔵庫の中も整理しないと見にくい(醜い)

仕事関係の書類の整理もしないと支障が出てきた

PC関連はちょっと厄介、ハードディスクの整理とバックアップももう待ったなし!

”今日でなくてよいこと”の期限がどんどん迫って
結局、貴重な休日を丸々使ってグッタリします。

休日はカラダも休めなくてはいけません。
寝れば何とかなった若い頃と違って、中高年は元気が残っているうちに休養しないと倒れます。

日常のこと以外にも早くしなきゃと気になっていることがあります。

銀行や保険の整理・確認。

友人・知人の連絡先の整理。

”秘密のアレ” の処分。

母のケアサービスの下調べもしておかなきゃな・・・。

ああ、時間が足りない・・・。

死ぬことよりも気がかりな”残してゆくこと”

そんな時にふと思うのです。

もし、今死んじゃったらどうなるんだろう・・・。

私は良いのです。

死んじゃったらそれで終わり。もう何にも出来ないしあきらめるより他ないし。

天国へ行くか、はたまた地獄へ堕ちるか、それも恥の多い私の人生、閻魔様のご判断にお任せするしかありません。

でも残された家族は?
何もかもが中途半端で私にしかわからないあれこれを丸投げされて。

忙しい現代、誰もヒマな人はいません。
母はヒマだけど、立つのも座るのもいちいちしんどい体で自分のことで精一杯です。

第一、親より先に逝って、おまけにあとはよろしくね、じゃあまりにも親不孝が過ぎるってもんだわ。

”秘密のアレ”を見つけた夫はどう思うだろう?

こっちはバツが悪いけどもう死んじゃってるし、あの世でちょっと舌を出してゴメンネ、と言うくらいで済むけど。

人間、明日のことなど分かりません。
だけど、いつか必ず死ぬことだけは決まっています。

若い頃には考えもしなかった「老い」とか「死」が身近に感じられる今日この頃。

今は元気だけど。
少なくとも今日は元気だけど。

元気なうちに少しづつでも”身辺整理”を始めるべきじゃないかしら?

多くの人の「終活」を考えるきっかけが、こういうことなんでしょうね。

「終活」という言葉を聞いたことがある人は96.6%、始めた人は7.9%。

「終活」って、ご存じですか?

シュウカツ、といえば「就活」でしたが、この音を合わせた最近の造語です。

「就活」の発音は、シュウ→ カツ→ と平坦ですが
「終活」は 同じく平坦なパターンと シュウ↓ カツ↓ と下げるパターンがあるみたいです。

今や誰でも知っている「終活」。

2018年2月、20代~60代の男女1,000人を対象にした楽天リサーチの調査結果では、

「終活」という言葉を知っている人は96.6%、

「終活」をしたいと答えた人は39.1%、このうち実際に始めた人は7.9%。

「エンディングノート」を知っている人は51.9%、でも用意している人は14%。

まだまだ実際に「終活している人」は少ないようですね。

大手冠婚葬祭会社サンレーの社長さんであり、作家の一条真也さん(本名佐久間 庸和さん)は、
「終活」でなく、「修活」と言いたい とおっしゃっています。

「終活より修活 豊かに老い、美しく人生を修めよう」
「老いは「負い」にあらず 豊かに老いよう」

と語っていらっしゃいます。

「終活」は2009年の「週刊朝日」の連載から生まれた言葉だそうです。

残された者に面倒をかけぬよう、生きているうちに葬儀やお墓の準備、相続で争うことのないよう計画しておきましょう、というような内容だったようです。

「エンディングノート」を推奨する方のお話を伺ったことがありました。

かれこれ10年前にもなるでしょうか。

今から10歳若い当時の私はまだまだ「死」は遠いもので特に興味も持たず、いつか忘れてしまいました。

映画「エンディングノート」が上映されたのが2011年9月、興行収入は1億円を突破したそうです。

これで「エンディングノート」「終活」の大ブームが起き、各地でセミナーや講演会などが催されるようになりました。

日本初の”終活専門誌”として登場したのが「終活読本 ソナエ」で、産経新聞出版、2013年7月12日創刊です。
当初の目標発行部数は10万部、2018年2月現在で6万部!伸び続けているようですよ。

春彼岸、盆、秋彼岸、お正月の年4回発行の季刊誌で、
『いつか迎える「その時」の憂いをなくし、人生を美しく仕上げるための情報を提供』するとのことですが、これがなかなか面白く、ついつい読んでいくうちに ま、とりあえず頑張るか、なんて思ってしまいます。

なんでもそうですが、ブームが起きて認知度が高まると新しいビジネスが生まれるものです。

ここ数年では「終活カウンセラー」「終活アドバイザー」なる”専門家”が登場しました。

カウンセリングやアドバイスをするからにはそれなりのスキルが必要だよね?ということで、民間の認定資格がたくさん出来ています。

それぞれ法人化された団体が認定しますが、どこの団体で資格を取ったかによって
「終活ガイド」「終活アドバイザー」「終活カウンセラー」「終活ライフケアプランナー」など呼び方が変わるようです。

まだまだこれ1本で食べて行けるほど稼ぐ人はほとんどいないだろうと思われますが、超高齢化社会へ向かい、大切な役割を担うジャンルだろうな、と思います。

「終活」って、何のため?誰のため?

私が「終活」と聞いてまず連想したのが「身辺整理」「相続」「葬儀」「お墓」。

でも、自分の「葬儀」と「お墓」は自分ではどうすることも出来ません。
理想や希望はあっても、それは自分勝手な希望です。

これから生きてゆく人たちが一番良いように、出来る範囲で出来ることをすれば良いし、なんならしなくても良いとすら思っています。

残してゆかなければならないのは、「良いようにしてね、しなくても良いよ」という意思表示だけです。

「相続」は、するものがないので安心です。
わずかな貯金は、どこにあるかだけわかるようにしておけば、あとは葬儀費用にするなり旅行に行くなり分けるなり、好きにすれば良いのです。

けれどもし、相続するものがたくさんあったら、真っ先にこのことが心配になるでしょうね。

いずれにしても私の場合、「終活」は「身辺整理」が一番先なんだろうなぁ。

それが「相続」「葬儀」「お墓」にもつながるし。

「身辺整理」・・・

そのための「エンディングノート」ですよね!

まずは「自分が契約」したもの。

銀行、保険、インターネットで申し込んだ継続課金制のものなど。

つまりお金の動きがあるものの「見える化」。

次に、私が死んだ時には誰に連絡してほしいとか、してほしくない人とか。

そして私物の整理。
”秘密のアレ” はとっとと片付けて証拠隠滅?をしておかなきゃ。

私の「終活」の意義は、
私が死んでしまった時に

みんなが 私に聞かなきゃわからない と思うことを明確にしておくこと

に尽きる と思いました。

でもなぁ。

ぴんぴんころり(元気なままある時突然コロッと逝く)なら良いけど。

病気や事故で 生きてはいるけど自分で判断できない状態 になった時はもっと困るよねぇ・・・。

「死んだ時のこと」は、本人がいないんだからみんなが良いようにしてくれたら良いけど
「生きてる」となると、この”本人”をどうするか、でみんなが困るのですよね。

そうか、「死んだ時のこと」より、「生きてて最悪の状態」になった時のことこそ考えておかなきゃ。

つまり「終活」とは、私の「終活」の意義は、

”私が望む人生の終わり方” を記しておくことでみんなの戸惑いや困惑を最小限にすること

でなくてはいけないな、と思い直しました。

そしてそれは結局、「今から死ぬまでの私の生き方」を考えることになるのだと。

「終活」は、残された人、家族のためだけにすることではなく、自分のためにという部分が大きいのですね。

これから先が何年あるかわからないけど、まずは「終わり方」を考えてみようかな。

そんなところから私の「終活」が始まりました。

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